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写真を一挙15枚公開します
 2007年3月5日に小松空港の近くの MATSUI HIDEKI BASEBALL MUSEUM で撮った写真を一挙公開します。Enjoy !


 小松空港から向かうと10分ほどで直ぐに見えてきます。明るい茶色の色調のミュージアムが。










 正面から見たミュージアム。この子供の像はあまり似ていないが、可愛い。「僕には夢がある」と。落ち着いた色調。バスが駐車場に三台ほど。平日の午前10時ごろにですよ。







 このユニフォームを着た松井の像の顔は良く似ていた。ちょっとにやっとした時の。













 根上(ねあがり)時代の松井のユニフォーム











 星陵時代の松井のユニフォーム。そうそう、この黄色基調に青。










 ジャイアンツからヤンキースへ。つまりプロの時代










 「努力こそ才能」「人間万事塞翁が馬」が松井のモットーのようだ。ともにいい言葉だ。









 このミュージアムには、彼が小さいときから大きくなるまで、非常に多くの家族写真がある。皆落ち着いたいい顔をしている。仲の良かった、そして今でも仲の良い家族だなと思う。お兄ちゃんは、松井よりちょっとハンサム。






 松井を数字で見ると、という趣旨の写真。目が両方ともいい。横に立ったことがありますが、188は本当にでかかった。あと頭がでかい。ヤンキースのベンチで多分一番でかい。井川が小さいので。










 どんな少年にも、指導者は大きい存在だ。確かこの監督は、一年で地域一番、二年で石川県一番、三年で全国一のHRバッターになれと松井に説いたそうだ。







 クジを引き当てたのは長島監督だったと思った。彼がなぜ巨人をやめたか。ユニフォームのロゴが、「TOKYO」から「YOMIURI」に変わったためだと筆者は固く信じている。でも良かった、アメリカに渡って。







 2006年の怪我から戻ってきたときのあのヤンキー・スタジアムのスタンディング・オベーション。今でも決して忘れない。そしてあの4安打。









 巨人時代(ピンク色)と大リーグ時代(黄色)の成績比較。巨人時代のように19打席弱でHRを1本打っていれば、もっと偉大になれるが。今年は頑張れ、松井 !








 ミュージアムの直ぐ後ろにあるご両親の家。今でもここで生活されているという。









 ミュージアムが出来る前の「松井秀喜野球の館」。今は閉館になっている。









 おばあちゃんが始め、今はお父さんが続けている教会。静かな佇まいでした。         Y.I.






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